車は便利な乗り物ですが、坂道が多い地域に住んでいる方が坂道を登らないパワーの軽自動車を買ってしまうととても不便です。
実際に試乗するのが一番ですが、何台も試乗するのは時間と労力が必要です。
メーカーのお客様相談センターに聞いても坂道に強い軽自動車は教えてもらえません。
メーカーのアドバイス内容は「お近くのディーラーに聞いて下さい」です。
もしくは「諸元表のトルクや出力、ギヤ比で比較して下さい」と言われますが、それではどのくらいの力があるのか判断できません。
試乗する前にある程度、車種を絞り込みたいと思っている方は大勢います。
ここではカタログに記載されているエンジンの最高出力と最大トルクを使って加速度や駆動力を算出します。
軽自動車の貨物車は荷重が大きい荷物を載せると坂道の走りが悪くなる事が多いので、荷物の質量、トルク、変速比、傾斜角度などを組み合わせて計算し、登坂能力も算出しました。
登坂能力もイメージしやすいように「何秒でどこまで進むか?」や時間と距離の関係をグラフでも解説しますので、参考までに計算フォームを使ってみて下さい。
ここでは軽自動車で荷物を多く積み込める「ダイハツ ハイゼット S700V」の坂道発進性能を計算しました。
カタログの数値を入れることで「スズキ エブリィ」など似たような貨物自動車の坂道発進性能もわかるので、車選びの参考にして下さい。
最初に基本的な速度とギヤ比の関係を理解するために速度の計算を見て下さい。
目次
諸元表の変速比を使って車速を計算
タイヤ半径は車速やホイールトルクを出す時に必要ですが、カタログに記載されていませんので、タイヤサイズを元に計算してタイヤ半径をだします。
下にハイゼットのカタログを添付します。赤枠を計算式に使って計算してください。
S700Vタイヤサイズ:145/80R12 80/78N LT |
$$r=\frac{ タイヤ幅× (\frac{扁平率}{100}×2)×(インチ×25.4)}{2}$$
このタイヤ半径を下に入力して下さい。
$$v= \frac{2πr\cdot rpm}{60\cdot G\cdot FG}×3.6 $$
この式は一定の変化しない回転数が前提です。
加速するには回転数を変化させます。時間によって変化する速度を求めるには、このページ後半の微分方程式を参考にして下さい。
変速比はエンジン回転数とタイヤ回転数の比率です。
ミッションの中にあるギヤの大きさで比率が変わるのでギヤ比とも言います。
エンジン側のギヤを大きくしてミッションのギヤを小さくすると変速比は大きくなり、大きなエンジントルクをタイヤに伝える事ができます。
その代わり車速は下がります。
最終減速比も変速比と同じように数値が小さいと力は上がりますが、スピードは出ない状態になります。
ですので、スピードを出すにはMT車でしたら変速比の小さい5速で走行します。
逆に坂道発進や、重い荷物を載せた時に加速させるためには力が必要なので、変速比が大きい1速や2速で走行します。
ATやCVTでしたら速度にあったギヤに自動で切り替わるので気にせずに走行できますが、エンジントルクをミッションに送る伝導率がMTとATとCVTでは違うので、車全体のトルクはエンジンとミッションの組み合わせも重要です。
MTはクラッチで直結されるので、伝導率が高く低速で95%以上です。
ATは低速で80%、CVTは低速で85%です。
以上のことから、MT車の操作は大変ですが、エンジントルクを一番有効に使えるので、重量を積み込みしている軽自動車の坂道発進はMTが一番スムーズに加速します。
そこで、エンジントルクからミッション→デフ→ホイールと自動車のタイヤまでのトルクとなるホイールトルクを計算します。
変速比とホイールトルクの関係
$$Tw= Te\cdot G\cdot F\cdot η $$
下はS700Vハイゼット、ターボ無しのエンジントルクとエンジン回転数のエンジン特性図です。
坂道発進時はアイドリング回転数からスタートするので最初は800rpmの30Nmしかありません。
エンジン特性図
坂道発進の場合は、重量や傾斜角度にもよりますが、最低でも回転数3,000rpmでクラッチを繋がなければエンストしてしまうと思います。
そうなると50Nmのエンジントルクが必要になるのが上のグラフでわかります。
このようにグラフを見て計算に使って下さい。
今回このページでは最大の力を発揮できる4000rpmの60Nで計算します。
カタログ数値と合わせて以下を入力すればホイールトルクが出ます。
数値を確認したい方は下記データを上のフォームに入力してみて下さい。
違う回転数でホイールトルクを知りたい方はグラフで希望の回転数のトルクを入力して下さい。
ハイゼット data
計算結果: ホイールトルク 1540.9 N/m |
ホイールトルクを聞いても、どの位の力かわからないと思います。
もう少し坂道発進性能をわかりやすくするために、このホイールトルクから駆動力を出します。
ホイールトルクと駆動力の関係
駆動力はホイールトルクをタイヤ半径で割ると出まます。
$$F= \frac{Tw}{r} $$
計算結果: 駆動力F 5750N |
駆動力はわかりましたが、まだこれでは、どれくらいの能力なのかイメージできません。
もう少し坂道発進性能をわかりやすくするために、この駆動力から加速度を計算します。
最大駆動力で勾配5%を上がる加速度
急加速は排出ガスが多くなり、燃費も悪化するので、加速度1.1m/s2(5秒で時速20km)のスロースタートが推奨されています。
実際に道路で様々な車の加速度を測定すると、この加速度1.1m/s2は日本郵便輸送の4tトラックの発進時の加速度に近いようです。
市営バスなどはもう少し遅いようです。一般的な乗用車の発進時の加速度は2.0m/s2が平均的となっています。
2.0m/s2は5秒で時速36kmに到達します。
急発進時の加速度は2.5~5.0m/s2です。これは5秒で時速45kmから時速90kmになる加速度です。
坂道が遅いと感じるかどうかは、人それぞれの感覚で差がでますが、平均を出すとすれば、坂道発進で1.1m/s2以上の加速度がなければ遅いと感じる人が多いと思います。
なので坂道発進で最低でも1.1m/s2以上、できれば1.5m/s2以上出すことができれば快適に走れると思います。
加速度表対象車両 | 加速度 | 体感速度 |
安全運転トラック | 1.1m/s2 | 低速 |
市バス | 1.0m/s2 | 低速 |
普通の車 | 2.0m/s2 | 普通速 |
急発進車 | 2.5m/s2以上 | 高速 |
MT車の場合、途中でギヤチェンジをするので、ギヤチェンジタイミングで時速は変わりますが、坂道発進のスタート時点の力を考えるのでしたら1速の変速比での計算結果が参考になります。
加速度は駆動力を質量で割ると求められます。車両重量に乗車員の質量と荷物の質量を加算して計算します。
今回は勾配5%の坂で計算してみます。下の画像の坂の勾配%をイメージしてください。
「いつも使ってる道路の勾配ってどのくらい?」と思っている方もいると思います。
そういった方は下の方法で勾配を調べる事ができます。
グーグルマップで出発地と目的地を設定すると進む距離と高低差が表示されるので、この2つを勾配計算使います。
高低差の見方自転車マークを選択して出発地と目的地とセットすると左に移動距離と高低差が表示されます。
この地図では移動距離が37m、高低差が63m~68mなので5mになります。
この数値を以下のフォームに入力してください。
坂道発進では勾配抵抗は重要ですが、低速なので空気抵抗は小さく計算は不要です。
高速では空気抵抗が重要な数値になります。
下の計算で加速度と転がり抵抗も算出されますが、この加速度に含まれている抵抗は勾配抵抗だけです。
今回の計算では空気抵抗と転がり抵抗は含まれていないので注意して下さい。
走行抵抗を調べたい方は空気抵抗と転がり抵抗の影響ページをご覧下さい。
今回は坂道発進で車を上昇させるので重力加速度9.8m/s2を計算に入れます。
下向きの力を車と水平方向に分解するので、下向きの力×sinΘとなります。
$$a= \frac{F}{m+ Mp+Ml}-g\cdot sinΘ $$
計算結果: 加速度 3.7m/s2 |
加速度は3.7m/s2なので2人乗車で350kgの荷物を載せても坂道発進は十分です。しかし、この数値は1速ギヤです。
1速ギヤですと最高トルクが出せるエンジン回転4000rpmでは15km/hしか出ません。
短い坂道でしたら1速で登り切れば問題ありませんが、もう少し長い距離を時速15kmで走り続けると後続車に迷惑がかかってしまうので、効率よく2速、3速、4速とシフトアップする必要があります。
2速に入れると最高トルクがでる4000rpm60Nの時点で25km/hになるので、せめて2速にギヤチェンジした方が快適に走行できると思います。
次は1速から2速、3速、4速と各ギヤで4000rpm60Nの最高速度に達した時点でギヤチェンジをしていった場合の速度の変化と移動距離を計算します。
ここまで計算すれば、どのくらい坂道性能かイメージできると思いますので、参考に見て下さい。
最大トルク、最高速でギヤチェンジした時の加速度、速度、距離グラフ
下のグラフはハイゼットのデータに基づいて作成しました。計算が複雑になってしまうので等加速度運動で計算します。
時間よって変化する速度、距離、加速度を視覚的に理解しやすいと思います。
特に「5秒後に時速が何キロになるか?」がわかれば、ストップウォッチ片手に他車と簡単に比較できます。
※グラフの点をクリックすると詳細データが見れます。
加速度が急激に変化している時間でギヤチェンジしています。
1.1sで2速に切り替え2.5sで3速にし、5.2sで4速にしています。
時間軸は3つのグラフ全て同じなので、時間で変化する加速度、速度、移動距離を比較して見て下さい。
グラフを見ると1速では移動距離は少ないですが、坂道発進ですとこの1速の区間で力がかなり必要になります。
加速度を見るとわかりますが、シフトアップすると加速度が下がります。
1速で最高速に到達するまえに2速にシフトアップしてしまうと加速せずに速度が上昇しないので注意して下さい。
このグラフの関数はギヤ別の加速度の微分方程式を解くことで求められます。
5秒後に時速何km?を計算
走行性能を一番イメージできるのが、5秒後の時速です。
1速、2速、3速、4速に分けて計算して速度と進む距離を出します。
前提条件- 今回算出した「ハイゼット data」を使用
- 4000rpmで最高速に到達した時点でギヤを上げる
- それぞれのギヤでの加速度
- それぞれのギヤで最高速に到達した時間
加速度は上の計算フォームを使ってタイヤ半径~各ギヤのホイールトルク~駆動力~加速度を求めます。
ギヤは1速から4速の変速比で4つ計算します。
各ギヤの最高速はページ上方にある「車速と変速比の関係」の項目で計算します。
最高速の時間は以下の式で出します。
$$t= \frac{v-v_o}{a} $$
Vは速度、Voは初速度です。初速度は各ギヤの前のギヤの速度になります。
例えば2速の最高速の時間を出すには「(2速の速度-1速の速度)÷2速の加速度 」です。
以上をまとめます。
加速度(a) | 時間(s) |
1速 a=3.7m/ss | t=(0~1.122) |
2速 a=2.0m/ss | t=(1.122~2.572) |
3速 a=1.2m/ss | t=(2.572~5.275) |
4速 a=0.5m/ss | t=(5.275~) |
$$\frac{d^2x(t)}{dt^2}=a(t) $$
$$ a(t)=
\begin{Bmatrix}3.7m/s^2 (0\leq t\lt 1.122)s\\2.0m/s^2 (1.122\leq t\lt 2.572)s\\1.2m/s^2 (2.572\leq t\lt 5.275)s\\0.5m/s^2 (5.275\leq t)s
\end{Bmatrix}$$
何秒で時速何キロ?何秒で何メートル?この2つがわかると参考になります。以下は参考速度です。
- 5秒後 時速20km以下 低速
- 5秒後 時速20~30km 中低速
- 5秒後 時速30~40km 中速(普通)
- 5秒後 時速40km以上 高速
今回はハイゼットのMTで4000rpmでギヤチェンジをしていった場合の走行性能を調べました。
エブリィやキャリーT、ハイエース、NV200、タウンエースなども荷物を積む車の走行性能も調べてみると意外な結果になるかもしれません。
この計算の元になっている微分方程式をご紹介しますので、気になる方はご覧になってください。
1速の速度と距離の微分方程式
$$ \frac{d^2x(t)}{dt^2}=\frac{dv(t)}{dt}=3.7 (0\leq t\lt 1.122s)$$
この微分方程式を積分します。
$$ v(t)=\displaystyle \int3.7dt=3.7t+C_1$$
1速の初速度は時間0秒の速度なので上の式のtに0を代入して
$$ v(0)=3.7(0)+C_1=0$$
$$積分定数C_1は0なので$$
1速の時の速度は
$$v(t)=3.7t $$
1秒で3.7m/s(13.3km/h)になるのでグラフと一致します。次はもう1度、積分して移動距離を出します。
$$ \frac{dx(t)}{dt}=v(t)=3.7t (0\leq t\lt 1.122s)$$
$$ x(t)=\displaystyle \int3.7dt=1.85t^2+P_1$$
初期位置は時間0秒の位置なので
$$ x(0)=1.85(0)^2+P_2 → P_2=0$$
なので1速の位置は
$$ x(t)=1.85t^2$$
になります。この式で計算すると1.0sの時に1.8mになり、上のグラフと一致します。
2速の速度と距離の微分方程式
2速が終わる2.572秒までの速度と距離を計算します。
2速間だけではなく、1速のデータを引き継いで2速を計算するので1速が変わると以降のギヤの速度と位置も変化するので注意して下さい。
$$ \frac{dv(t)}{dt}=2.0 (1.122\leq t\lt 2.572s)$$
この微分方程式を積分します。
$$ v(t)=\displaystyle \int2.0dt=2.0t+C_2$$
2速の初期は1速の最後(1.122秒)なので下の1速の式
$$v(t)=3.7t $$
に1.122sを代入して
$$ v(0)=4.151m/s $$
が1速最後の速度です。その速度が2速の初速度になるので
$$ 4.151=2.0(1.122)+C_2 → C_2=1.907$$
となり、積分した式に代入すると
$$ v(t)=2.0t+1.907 $$
になります。2秒の時は5.9m/s(21.3km)です。
次はもう1度、積分して移動距離を出します。
$$ \frac{dx(t)}{dt}=v(t)=2.0t+1.907 (1.122\leq t\lt 2.572s)$$
$$ x(t)=\displaystyle \int(2.0t+1.907)dt=t^2+1.907t+P_2$$
初期位置は2速にチェンジした時間0秒の位置なので1速最後の2.329mです。
$$ x(0)=2.329=(1.122)^2+1.907(1.122)+P_2=-1.07 → P_2=-1.07 $$
なので2速の位置は
$$ x(t)=t^2+1.907t-1.07 $$
になります。この式で計算すると2sの時に6.7mになり、上のグラフと一致します。
3速と4速も同じように計算します。
発進から5秒経過した時の速度と距離を計算
3速、4速も同じように計算します。発進から5秒経過した時は3速ギヤです。
3速$$ v(t)=1.2t+3.965 $$
$$ x(t)=0.6t^2+3.965t-3.718 $$
4速
$$ v(t)=0.5t+7.657 $$
$$ x(t)=0.25t^2+7.657t-13.454 $$
口コミとデータを比較して坂道に強い軽自動車を探す
ハイゼットの坂道の能力が計算でわかりました。
後は口コミで走りがいいかどうか見て下さい。
加速がいいと言っている方が多ければ、今回計算した数値と同等の他車種を購入候補にできます。
加速が悪いと言っている方がいれば、今回の数値より高い車を選んだ方が安心です。
いずれにしても今回の数値と口コミを比較することで力のイメージが深まると思います。
計算結果と人の感覚をすり合わせて車選びをしてみて下さい。