走行中に何も前触れなく、「気がつくとエンストしている」といった体験をしたことがあるだろうか。
今回のワゴンRはそういったエンストの症状が多発していた。
車両情報: 平成24年 MH23S 走行13万km
症状詳細
普通に走行してエンジン振動や不調がないにも関わらず、突然のエンスト。メーターを見ると警告灯が多数点灯しているが、エンストしてキーがONの状態なので、これは正常。エンジンキーを1度OFFにしてから、再度、エンジンをかけると普通にかかり、エンジン不調もない。しかし、5分ほど走行するとまた同じようなエンストが発生した。
ワゴンRはアイドリング不調やエンジン回転数が高い症状でよくあるのがISCVの故障。
ISCVの故障は信号待ちでそのままエンストしてしまうのが特徴だが、今回の症状は少し違う気がするし、何よりISCVの部品代は高額なので誤診は許されない。
今回は警告灯は点灯せずに、故障コードも出ていなかったが、診断機を使ってエンジン数値を見ながらエンストの原因を調べると原因が明らかになった。
目次
ワゴンRが走行中にエンストする原因は3つ
当ページは整備スタッフ向けの解説だが、乗られているオーナーが見ても参考になる部分があるので、少しでもエンジン不調を感じているオーナーは参考に見てほしい。
走行中にエンストする故障は限られる。
- 適量の燃料がエンジンに噴射しない
- スパークプラグが正しい時期に点火しない
- エンジンに入る空気量が正しくない
この3つのどれかが不具合を起こせばエンストもしくはエンジン不調が発生する。
今回のエンストはエンジン不調がなく、突然エンストするので
- 燃料を強制的にカット
- 点火信号をカット
- 空気の通路をエンストする位に閉じる
この考えが妥当。ワゴンRのエンジン不調ではISCVの故障かイグニションコイルの故障が定番なので、2番3番を優先にして調べるのが故障探求の最短距離となる。
しかし、このままだと推測でそれぞれの部品を検査していくことになるので、まずは診断機でエンジンの数値と故障コードが出ていないか調べてみる。
今回はエンジン警告灯は点灯していないので現在の故障はない可能性が高いが、診断機では過去の故障も見れるので、どちらかでもコードがあれば、十分参考にできる。
エンジン警告灯がつかない時の修理方法
診断機で故障コードを見たが正常だった為、エンジンデータを見て異常箇所を探していく。
色々なセンサが発信しているデータを比較して組み合わせて考えると異常な所が見えてくるので、車両のデータモニタをチェックするのは大事。
今回の車両は「実車データ ワゴンR」のページに数値をまとめたので、そのページも見ながら進めてほしい。
ここで紹介する基準値はスズキ自動車の整備マニュアルを参考にした。
燃料、点火、空気、これら3つの重要な数値を見て変わった箇所を探してみる。
燃料系統の数値
空燃比補正率燃料の濃さを補正している割合。マフラーについてるO2センサで燃料の濃さを計測し、補正量が決まる。基準値内なので燃料系は正常。
基準値 | 実車計測値 |
-20~20% | -2.35% |
点火系の数値
点火時期目標回転数が現在回転数より高い場合は点火時期が早くなる。数値が大きければ点火時期は早く、小さければ遅い。
この車の現在回転数は894rpm。この時、コンピューターがエンジンを安定させるために算出した目標回転数は898rpmなので少しだけ点火時期を早くしているのは正常。
基準値 | 実車計測値 |
0~10度 | 9.0度 |
空気系の数値
吸気管絶対圧これはインテークマニホールドの圧力。大気圧が101 kPa。
エアーの吸い込みやエンジンの圧縮不良などインテークマニホールドが圧力を保持できない状態になると大気圧に近かくなる。
ISCVが閉じてしまうと25kPa以下になる。逆に開きすぎると45 kPa以上になる。
現状だと正常。
基準値 | 実車計測値 |
25~45 kPa | 34 kPa |
EVAPキャニスタパージduty比
これは燃料タンクに溜まった蒸発ガスをエンジンに送って完全燃焼させ大気汚染を減らす装置だが、アイドリングの時に送ってしまうと空燃比がずれてエンジン不調をおこす。0%なので問題ない。
数値上では0%になっているが、実際はひび割れなどでガスが送られてしまう場合がある。その時は吸気管絶対圧が上がるので相対的に見て判断する必要がある。
基準値 | 実車計測値 |
0% | 0% |
ISCバルブ開度
ここがワゴンRのアイドリング不調で有名なISCV。基準値以下だった。
これはバルブが基準より閉じている事を示している。
現状エンジン不調はないが基準値以下なので修正する必要がある。
基準値 | 実車計測値 |
10 ~ 20% | 5.88 % |
「燃料、点火、空気」のそれぞれ系統の数値をみるとISCバルブ(ISCV)の開度だけ基準外だったので、故障診断はISCV(吸入空気系統)の点検から始めていく。
アイドリング不調に関連するISCバルブとは
正式名称は
アイドル スピード コントロール バルブ
分かりやすく言うとアイドリング回転数を調整するモータ。
アイドリング回転数とはエンジンがかかってる状態で停車中のエンジン回転数。単位rpm。1分間で何回転するのかを表す。
このワゴンRのアイドリング回転数の基準は900rpm前後。
900rpm付近でアイドリングが安定するように吸入空気量を調整するのがISCVの役割。
回転数を制御する仕組みISCVを開くと空気量が増えるのでガソリン燃焼後に酸素が余る。マフラーについてるO2センサーが「酸素が多い」とコンピューターにフィードバックする。理論空燃比に近付ける為にコンピューターは燃料噴射量を増やす。爆発力が増えエンジン回転スピードが上がる。クランクポジションセンサーが回転スピードを検知し、完全燃焼させる為に点火時期を早くする。回転数が増える。
※理論空燃比は燃料と空気のベストな割合。参考ページ:CO.HC排気ガス基準
ユニポーラ型ステッピングモータの電圧点検
スズキの整備マニュアルを見るとワゴンRのISCVはユニポーラ型のステッピングモータを使っているようだった。
ISCバルブはステッピングモータを使って、モータの回転角度よって、シャフトを伸び縮みさせ、空気の通路を広げたり狭めたりし、吸入空気量を調整している。
特に回転を一定の位置で止めて保持するのはステッピングモータが最適。
コイルに電流を流してステッピングモータを動かすが、ISCVは回転を時計回りと反時計回り、回転保持を使い分けて空気通路の開閉を調整しなければならない。
以下の画像は一般社団法人日本自動車整備振興会連合会の1級自動車整備士 エンジン電子制御装置を参考に電圧を描いた。
ユニポーラ型はコイルを4つ使用して、1つのコイルに一定方向の電流しか流さない。
その代わり、トランジスタは4つしか使わない為、回路は簡単。
A1のトランジスタをONにしたあと、電圧が消えたと同時にC1のトランジスタをONにしてロータに組み込まれた磁力の特性を利用して回転させる。
B1とD1のトランジスタは反時計回りにするときにONにする。
下のオシロ波形は黄色がAコイル、青がCコイル。片方の電圧がなくなったと同時にもう片方電圧が立ち上がる。
ユニポーラはトランジスタをエンジンコンピューター内に組み込むので、シンプルな空気量制御に向いている。
今回のISCVの数値は基準値から外れているのにエンジン警告灯を点灯させていないし、故障コードも検出されない。
ISCVの異常コードを検出する仕組みを解説する。
ISCバルブ異常はP0506 コードを検出する状態とは
P0506のコードがエンジンコンピューターに記憶される条件は時計回りに動かす為の信号線と反時計回りに動かす信号線の両方が同時に5秒以上0.1V付近になった場合のみ。
そうなると同時にエンジン警告灯も点灯する。
下の図は整備マニュアルを抜粋したものだが、B1とB2が同時か、B3とB4が同時に0.1V付近になるとP0506のコードが出る。
0.1V付近ということはトランジスタがONになっているか、ショートしているか断線しているかの3つ。
今回は故障コードを検出していないので、断線、ショートもトランジスタの故障も考えられない。
トランジスタはエンジンコンピューター内に組み込まれているので、故障コードが検出されなければエンジンコンピューターも正常ということになる。
そうなるとISCVが基準値から外れた理由はISCV内のステータコイルかローターの動きが異常と考えられる。
ここで一旦、ISCVが作動するときの電圧をみてほしい。
ステッピングモータの角度異常は汚れによるもの
下の画像は上の回路図のB1とB2の電圧を測定したもの。交互に電圧が発生しているので正常。
これが両方とも0.1V付近になった状態が5秒以上続くとコンピュータは故障と判断する。
この波形は実際にこのワゴンRのISCVを測定したもの。測定タイミングはキーをOFFにした時なので、ISCVは全閉の動きをしている最中の電圧の変化。
この電圧変化の回数でステッピングモータの回転する角度が変わるので電圧の回数はとても重要。
安定して作動しているが、エンストする時はステータコイルの電圧不良などでロータの移動位置が指定外の位置になっていると思われる。
よくある故障がISCVを動かす信号を送っているが、モータ(ロータ)の位置が変わらないといった症状。
その場合は汚れで固着している場合がある。
アイドリング不調はISCVの固着
上の画像のワイヤーが入っているところがスロットルボディだが、そこにISCVもついている。
ISCVの数値が基準値を外れる場合はカーボン蓄積よるISCVの固着が主な原因。
その場合は、まず清掃する。
ISCVの清掃方法
インテークホースを外すとスロットルバルブの中が見える。
バルブの下側に小さな穴があるが、ここがエンジンとインテークホースを繋いでいる。
その中間にISCVが取り付けられ、弁を開閉し、吸入空気量を調整しているので、その穴に洗浄液を入れるとISCVを清掃することができる。
上の画像はスロットルボディを車から外したもの。左下の黒い部品がISCV。下は更にISCVを外した画像。
中央のシャフトが伸縮し、空気通路の広さを変えて吸入空気量を増減させている。
この車はエアークリーナーケースを外さなければ作業できない。
清掃後のISCV数値清掃前 | 清掃後 |
5.88% | 14.50% |
清掃後は基準値に入ったが、安定せず、25%を超えたり、10%以下になったりとアイドリングは不安定なまま。
むしろ回転数が高くなる時のほうが多く、アイドリング回転数が高くなったと感じるが、シフトレバーをドライブに入れると回転が低くなりすぎるので、エンストしてしまう。
結局、清掃をするとエンストだけではなく、アイドリングの不安定も頻繁になった。
コンピューターも配線も異常がないのにISCVの数値が基準外なのでISCVを交換しなければ直らない。
ISCVの交換費用
ワゴンRはISCVだけの部品販売はしていない。
スロットルボディもセットになっているため、とても高額。下の画像の部品がセット販売になっている。
参考価格ISCV付きスロットルボディ | 40000円 |
工賃 | 6000円 |
冷却水やパッキン系 | 5000円 |
合計 | 50000円前後 |
スロットルバルブは冷却水の温度によっても空気量を変化させているので、交換すると冷却水の補充も必要。
高額修理なので、直すなら乗り続けた方が費用的には得。ワゴンRの車検費用も参考にしてほしい。
ISCVの抵抗点検
交換前に単体点検をする。単体点検はISCVのコイルの抵抗を測定して基準値かどうか確認。
基準値 | 測定値 |
28.8Ω~31.2Ω | 29.8Ω |
単体点検では正常。ISCVの点検は単体の抵抗と電圧、アースの点検しかできない。
しかし、経験を積むとISCVが故障する特徴がわかってくるので、故障の前兆を見極める事も可能になる。
ISCVの異音で故障してるか判断する
整備マニュアルにはない、ISCVの異常確認方法。
音で故障しかかっているか判断する手順。
- ボンネットを開ける。
- エンジンを始動する。
- 15分程度、ISCVの作動音を聞く
- カチャカチャ異音を2~3回確認する
- 異音と同時に少しだけアイドリング不安定になる
以上だが、カチャカチャ音はISCV内のロータの回る音。
この音が大きく、頻繁に発生するようだと、脱調してコンピューターが指示した位置にロータが止まれていない可能性が高い。
位置を修正するためにコンピューターが何度も指示を送るので、アイドリング不調とカチャカチャ音が頻繁に発生する。
カチャカチャ音がした時に診断機でISCVの開度を見て、基準値を外れているようならISCVの故障で確定。
ISCVの交換方法
手順- エアークリーナーケースを外す
- スロットルバルブのボルト4本外す
- スロットルバルブ下の冷却水ホース2本を外す
- スロットルセンサ、ISCV、負圧センサのカプラーを外す
- アクセルワイヤーを外す
外すのは以上だが、順番は変わっても問題ない。
ブレーキを踏むとエンジンが止まる原因
このワゴンRは走行中に突然エンストしてしまう症状の修理だが、現象を再現させるテストをしていると、ブレーキを踏むとエンジンが止まることがわかった。
走行中ではあまり気が付かなかったが、ブレーキを踏むと同時にライトを操作したりエアコン操作やハンドル操作を同時に行うとアイドリングが下がりエンストしそうになる時が何度かあった。
ブレーキを踏む時にアイドリングを上げないとエンストするので、ISCバルブを開く必要がある。
上の画像はISCバルブ交換後のエンジンデータ。ISCバルブは基準値の13.72%。ブレーキを踏むと以下のように23.52%になった。
故障していたISCバルブはブレーキを踏んでも開度が変わらず、回転が落ちていた。
信号待ちでエンストする現象もブレーキによるのもだと推測できる。
ISCバルブの調子が悪いときはアクセルを踏むとエンストしそうになるようなも逆の症状も発生する場合がある。
どちらも吸入空気量を適切に調整できていないのが原因。
しかし、どうすればここまで細かくISCバルブの開度を把握しているのだろうか。
吸入空気量を間違えてアイドリングが変化していた
ISCVには現在の開度を測ってフィードバックする機能はない。ISCバルブの配線も6本しかなく、電源、アース、信号線4本。
信号線はロータを動かすことに使うが、実際に動いた位置はわからないはず。
ISCVの現在の開度は信号電圧のコイルの逆起電力で作動、非作動を調べ、カウントするなどのコンピューターのプログラムで管理しているのだろうか。
そこまでの整備マニュアルがないので調べきれないが今回はISCV内のロータが故障して勝手に回転を止めたり回転しすぎたりすることで、コイルに発生する逆起電力が変化し、実際の開度とコンピューターが把握している開度に違いが発生し、本当の空気量を間違えて制御していた為、アイドリング不調やエンストを引き起こしていたような気がする。
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